反物買取 京都きものセンター

岡山の反物買取は 反物買取専門店の京都きものセンターまで

岡山の反物買取はおまかせください!

中国山地、瀬戸内海に囲まれた岡山は、台風などの影響が少なく、
「晴れの国おかやま」とのキャッチフレーズを掲げ、年間降水量の少ない地域です。

中世には備前、備中、備後、美作であった地域は、大和朝廷時代には
おおきな吉備国として栄えました。
奈良時代には、吉備真備や和気清麻呂らの逸材を輩出しております。

吉備国は5世紀に雄略天皇に臣従という形でありましたが、非常に栄え、
造山古墳、作山古墳といった当時最大級の古墳が造られました。

戦国時代には宇喜多秀家が勢力をもちますが、関ヶ原の戦いで没落し、
池田忠継、池田光政といった岡山藩の統治下となります。

宇喜多秀家が8年をかけて築城した岡山城。
池田綱政の造園による元禄文化の名勝、後楽園などが今でも観光スポットとして歴史を伝えております。


岡山県 岡山市 岡山県 倉敷市 岡山県 津山市 岡山県 玉野市
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その他、市郡町村など
岡山のお客様で反物をお持ちの方は、ぜひ京都きものセンターへご相談ください。

呉服店の大量の反物買取


昔のかたが大事に所蔵していた反物、仮絵羽、帯などは保管、管理がたいへんで広い場所も必要です。
呉服店の整理や、貸衣装店の整理など、大量の遺品整理の反物、
呉服をお持ちのかた、一度京都きものセンターへお問い合わせください。
次の時代へリサイクルし役立てるよう、おきものの買い取りをご相談いたします。

現在は経済発展著しい中国、台湾、韓国、東南アジアの国々のかたに
和の着物、友禅染、西陣の織物などの需要が大きくなっております。
ますます豊かになってゆく中国やアジア圏の人々の購入意欲は高く、
日本の織物、染物に対する評価は非常に高いです。
着用する以外の用途としても

小物などの材料として重宝されたり、
ホテル、住居のタペストリーや敷物として、和柄の素敵な生地が
奥ゆかしいアジアンテイストな魅力を放ちます。

着物文化である日本の心を大切に・・・
京都きものセンターは古くなったお着物を大事にする心を大切にいたします。

ご父母、ご祖母より家いっぱいの反物を引き継いでお困りの方、
ぜひ一度、京都きものセンターへご相談ください。お電話、メールのほうお待ちしております。

買取専用ダイヤル TEL 0120-10-6300


__岡山出張買取紀行__


備前国長船は、古くから名刀の産地として有名であります。
特に鎌倉時代の光忠からはじまる長船派の名刀は、戦国時代の武将にも愛されておりました。

織田信長は光忠の作品を30口以上愛用したと謂われます。

伊達政宗から水戸徳川家へ渡った燭台切光忠。
伊達政宗が罪ある家臣を燭台ごと斬ったと伝えられております。

光忠の作で、本阿弥光悦の極めである生駒光忠。

また光忠の子として長船派を継いだ長光も有名であります。
巌流島の決闘で有名な佐々木小次郎が佩刀した通称「物干し竿」。
織田信長から明智光秀に渡った津田遠江長光。
足利義輝、三好長慶、織田信長、徳川家康と伝わった大般若長光。

また備前の刀工としては同じく鎌倉時代の福岡一文字派の祖、則宗が有名です。
彼の作品、菊一文字則宗は、伝説によれば新撰組の沖田総司の愛刀とも謂われますが、
この逸話は彼の優れた剣術が作り上げた伝説かもしれません。

京都きものセンターの買取実績 珠玉の呉服

本加賀友禅

花鳥山水を描いた絵画的な構図 本加賀友禅


稲手明仁



橋本静華



谷崎善治



加賀友禅は古くから加賀地方独自の 染色技法であった「加賀染」を基に、
宮崎友禅斎が享保年間(一七一八年頃)に新しく 模様を取り入れたことに始まります。

その特徴は、五彩といわれる藍・臙脂・黄土・草・古代紫を基調とした
暖かな色彩や、柄、技法にあります。

本加賀友禅の作家は、師匠につき厳しい修行を経て、
加賀染振興協会に「落款」を登録し 協会の会員資格が得られる
仕組みになっています。

吉澤与市

粋を極めた高級織物 吉澤与市



織の産地・新潟県十日町市で、 江戸時代から織の伝統を受け継ぐ老舗、吉澤織物。
吉澤家は江戸時代半ばより、安政年間には『越後紬』、
明治期には『明石縮』でその基礎を築きました。

吉澤与市の紬は、伝統工芸の匠の技と精神が詰め込まれた、最高に贅沢なおしゃれ着となっています。

琉球絣

琉球の気候、風土に育まれた優しくおおらかな色、絣柄、風合い 琉球絣



絣(かすり)とは、織る前にあらかじめ文様を決めてから、
染め分けた絣糸を用いて織り上げた模様織物です。

インドで生まれた絣の織り方は、東南アジア各地に広まり、
14~15世紀には大交易時代の琉球王朝にも伝播しました。
中国、日本や東南アジアの影響を受けながらも、
琉球の気候、風土にマッチした独自の絣が沖縄各地で作られ、
その絣が、薩摩織り、米沢琉球絣など日本の絣のルーツとなったと言われています。

本格的な織物の産地となったのは大正時代になってからであり、
沖縄の風土に育まれた、独自の伝統の技術・技法が行き渡り、
現在に至っています。 経糸、緯糸、それぞれ決められた図柄によって、
力のいる作業である手括りで仕上げられ、
これを染色し、
その後括られた部分をほどいて図案どおりに配列させ絣模様を作り出し、

さらに、さまざまな工程を経て、最終的には、
手投げ杼によって織り上げられています。

昭和58年度には、伝統工芸品「琉球絣」として伝産法に基づく通産大臣指定を受けています。

渡文

西陣の老舗機屋として常に先の時代のデザインを追求する 渡文



ざっくりとした高級な太糸により、斬新なデザインの帯を産み出し続けております。
伊藤若冲のスタイリッシュな「黒と金シリーズ」を手がけるなど、時代を超えて美を追求する姿勢を保ち続けております。

宮古上布

「東の越後、西の宮古」と賛美される 宮古上布



かつて琉球王朝時代に中国貿易の寄港地として栄えた宮古島。
その特産 宮古上布は400年以上の歴史を誇り、
「東の越後、西の宮古」と呼ばれる、日本の麻織物の最高級品です。
その風合いは、格調高い品位にあふれ、昭和53年には国の重要無形文化財の指定を受けました。

沖縄県 宮古島の豊かな自然の恵みのなかで育った苧麻、
その繊維を採り、島の熟練の職人たちの手によって績みだされる「苧麻糸」が、宮古上布の糸です。
手績の「苧麻糸」を経・緯に使用し、高機で丹精込めて織り上げます。

また、染色には藍や島で採取された植物染料が使用されています。
苧麻の栽培から糸績み、絣締め、染め、砧打ちの全行程を、
宮古島で一貫して行う生産体制が維持されており、
それぞれの行程に、職人たちの深い思いが詰まっています。

宮古上布は他の麻織物と比べてはるかに風通しがよく
着心地も軽やかで涼しいのですが、
着る人にそっと寄り添うような、上品な愛嬌があるお着物です。

八重山上布

沖縄の自然風土が薫り豊かに滲む 八重山上布



琉球の織物の歴史は、500年ほど前の琉球王朝に遡ります。
そのなかでも八重山の織物は、苧麻(ちょま)を絣に染めて織り上げ、天日干しや海さらし(海水による色止め)を経て仕上げます。
白地を貴重として、精巧な絣組みによる色柄が小気味よく、夏向けの涼やかな風合いに優れた織物です。

京都の祇園祭


京都の7月は日本三大祭のひとつである祇園祭に人々は酔いしれます。 当社は毎年南観音山の前で売り出しをしております。
コンチキチンの音色が流れ、明るい提灯のともしびが、大勢の観光客で 賑わう古都の街を照らしだします。

当社にゆかりの深い南観音山。祇園祭りには華やかな提灯が雅に夜の京を照らします。 そして宵山の夜にはあばれ観音が不思議な情緒に。 南観音山の本尊である楊柳観音をぐるぐる巻きにして激しくゆさぶる行事です。

竹田城と「竹田屋」の屋号


京都きものセンターは、長年京都で呉服に携わってきた老舗です。
弊社では毎年「祇園祭」において着物・反物の大売出しを行っておりますが、 その際は「竹田屋」という看板を掲げて売り出しを行っております。
これは京都きものセンターの屋号が「竹田屋」であるためです。

おきもの美術館


当社の誇る珠玉の呉服の数々。どうぞクリックしてご覧ください。

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株式会社 京都きものセンター
古物商許可証 (京都府公安委員会第611020130005号)